Story of my life

君と語り合った、くだらないアレコレ

星に願いを 七夕2.0 銀河産業革命

今週のお題「星に願いを」

 


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七夕とは、織姫と彦星が年に一度だけ会えるという日。
ざっとあらすじを紹介すると・・・

織姫は神々のために布を織る仕事をしていた。
彦星は神々のために牛を追う仕事をしていた。

やがて織姫が年頃になった頃、彦星を紹介される。
美しい織姫と、たくましい彦星はすぐに惹かれ合い、愛し合うようになる。

しかし二人は次第に遊びにかまけてばかりになり、自分の仕事をサボるようになる。
見かねた神様は、天の川の東西に二人を別れさせた。
しかし、あまりに二人がかわいそうなので、年に一度だけ天の川を渡って会うことを許す、、、

fin

 


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なるほど、これは胸を打つ、美しい物語であろう。
まじめにせっせと働いて、そのご褒美に年に一度会うことができるのだから。
遊んでばかりいないで、ちゃんと働かないとだめだよ!という教訓も教えてくれる。

 

 

しかしこの物語と、短冊に願い事を書くことの因果関係はなんなのであろうか?


彦星と織姫の事情を知らないのであれば、「そういう風習だから」という理由で願い事を書くのも理解できよう。


しかしこの話を知ってしまえば、やっと年に一度会える日が来たのに、その二人に願い事を頼む我々人間は、図々しいにもほどがあるのではないだろうか?


年に一回くらい、そっとしておいてあげたいと思うのは私だけではないはずだ。

 

 

さらにいうなら現代社会において、この話は人々の共感を得られるような話ではないと私は考える。

 


現代っ子がこの話を聞いたら、
「364日働いて、会えるのは1日?労働基準法に違反してね?コスパ悪くね?」
となるであろう。
舞台がアメリカなら、賃上げや労働環境改善を旗印にストライキや暴動が起きかねない、劣悪な職場環境である。
ではどのような物語なら、この時代であっても説得力が生まれるのであろうか?

 


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時は20XX年、、、遠い遠い銀河の果ての物語、、、

 

織姫は疲れていた。最初の数年は彦星に会うためにせっせとはた織りをしていたのだが、どうにもこの仕事は割に合わないと感じ始めるようになる。
そこで、織姫は全能の神である父のコネクションを利用し、ユ◯クロと業務提携をすることを決める。
はた織りをオートメーション化し、自動で神々の衣服を作るようになったのだ。
どうせ神々は不老不死だ、トレンドもクソもあったものではない。

 

彦星は疲れ果てていた。最初の数年は織姫に会うためにせっせと働いていたのだが、どうも体調がよくない。満身創痍になっていた。
そこで彦星は某農業大学のベンチャーと提携し、新しい形の畜産をデザインする。
研究の末、効率よくハムを作るシステムを開発する。
なんといってもハムの納入先は神様だ。
その広い御心で、多少のことは目をつぶってくれるだろう。

 

こうして、晴れて二人は自由の身となった。

全ての土日祝、年末年始、お盆、GWが七夕となり、我々は気兼ねなく二人に願い事を託せるようになった。
これこそまさにWIN-WINの関係であろう。
めでたしめでたし。

 


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ことわざや教訓などは、たしかにわれわれに大切なことを教えてくれたり、
自制心を促してくれたりする。
時代背景など関係なく、普遍的な教えというものも確かに存在する。

 

しかし、明らかに時代遅れになっている風習も数多く存在する。
七夕の物語も、時代に沿うようにアップデートしなければならない。
でないと、オマセなちびっこたちにその矛盾点をツッコまれ、冷や汗をかくのは我々大人の方になる。