常識とは、多数決
私(34才♂)、困惑している事があります。
それは、世の中の常識とは多数決で決まってしまう、と言うことです。
私の近隣に住む老人たちが、野生のネコや鳥にエサをあげて困っている、という話を昨日させてもらいました。
この後、さらなる事実に気が付いたのです。
それは、他の住民も野生の動物にエサをあげていたのです。
結構距離が離れているところでも、普通にエサをあげていました。
つまり、○○さんがあげているから私も…ということではなく、それぞれが動物にエサをあげることに行き着いた、ということなのでしょう。
孤独な老人は、野生の動物にエサをあげる傾向がある、ということなのでしょうか。
話が逸れました。
つまり、私の住む地域では、むしろ野生の動物にエサをあげていない人の方が少数派だった訳です。
この地域においては、「動物にエサをあげるのは非常識だ」ではなく、「動物にエサをあげないのはかわいそうだ」という事が普通になってしまっています。
むしろ、エサをあげない私たち家族のほうが非常識だと思われていそうな感じです。
世の中の正義や常識なんて、本当はかなり曖昧な線でしか区切られていないのかもしれませんね…
おわり