Story of my life

君と語り合った、くだらないアレコレ

凶器はPC

事の発端


 所要でパソコンを使うことになったのだが、以前から持っていた薄型のノートパソコンが壊れていた。なのでとりあえず親父が昔使っていたノートパソコンを借してもらった。


 薄型のノートパソコンに慣れてるので、一歩間違えれば凶器になりそうな重量感を持ったノートパソコンで勉強を頑張るしかないのだ。



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※画面サイズが違うとはいえ、かなりの強度がありそうな存在感


ゴツいノートパソコンを見て感じた事


 私が小学生くらいの頃、いわゆるワープロワードプロセッサーとやらが家にあった。


 やはりメカとか機械の類は子供心をくすぐる。ワープロというものはネットもできないし、動画、画像も見れない。できることといえば、文字や線を入力することだけ。確かプリンターと一体型だったので、すぐ印刷することができた。もちろん白黒だが。


 そのワープロは、子供の私が持ち運ぶにはかなりキツい重量感だったと記憶している。これを大人が振り回せば周りにいる人たちは一目散に逃げ出すだろう。当たれば大ケガか、下手を死ぬレベルだ。

 


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 パソコンも最初の頃はディスプレイもブラウン管でとてつもない重さだし、本体はまた別に、倉庫とか小屋の下に敷いてるコンクリートブロックのような代物だった。これではとっさに凶器にはならない。通りかかった人の脳天に計画的に落とすなら殺傷能力は申し分ない。


 それからさらにしばらくたって、まぁまぁ重いが持ち運べるレベルのノートパソコンが出てきた。私が親父から借りたのもこのくらいのノートパソコン。

 

 これはとっさに持ち上げて浮気した恋人の脳天をかち割るには十分過ぎる威力を誇る。そしてそのままバッグに隠して逃げ去ることも可能だ。

 


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 今時のノートパソコン、及びタブレット端末は、殴ったらもちろん痛いだろうが、間違いなくノートパソコンやタブレットの方が曲がってしまうだろう。それほど薄く軽くなっている。ただ軽量化されたので、今度は遠くにいる浮気相手にブーメランのように投げて遠距離からの攻撃は可能になった。


 スマホに至っては投げる以外に攻撃方法がない。誰かから拳銃で胸を撃たれた時に、たまたま胸ポケットにスマホが入っているというシチュエーションでもない限り、役に立たなそうだ。


結論


 パソコンの処理性能が上がるにつれて、武器としての威力はどんどん下がっている。これは人類の叡智の賜物であろう。(そもそもパソコンを生み出さないほうが良かったのでは?という考えはさておいて)


 初期の頃に比べて非常に小型化、薄型化してきたパソコン。人間、ついカッとなって近くにあった灰皿で伴侶や仕事上の敵を殴ってしまうような時もあるかもしれない。


 しかしそこにあったのがパソコンなら、怒りに我を忘れていたとしても、相手は一命を取り留めるかもしれない。人類の叡智のおかげで、あなたは道を踏み外さずに済むのだ。


 ※くれぐれもパソコンを振り回したり、放り投げたりしないように!大変危険です!

今日から俺は!は、なぜ流行っているのか

 今日から俺は!がかなりブームになっている。私の身近な人も見ていて、何人かからオススメされたので見てみた。

 


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 そう、たしかに面白い。かなり些細でどうでもいいようなことでも叩かれるこの世の中において、深夜枠とはいえ、かなり思い切った内容だ。


 暴力、暴言、喫煙、流血…学校をサボって早弁など、どう考えても時代にそぐわない。というか下手したら今どきの子どもたちは早弁という言葉さえ知らないかも!平成最後の置き土産という位置付けだとしても、あまりにヘビーだ。


 そういった過激なシーンがあるとはいえ、基本的にはコメディドラマだ。ツッパリ、ヤンキー、スケバンなど、30代前半の私でさえも引っかからないようなワードも出てくる。


 少々、というかかなり盛りまくりの演出や、主人公や脇を固める演者たちの意味不明な踊りやセリフの数々は見どころだ。しかも回を追うごとにひどくなっているような…いや、おそらく気のせいではない。完全に大人たちの悪ふざけドラマといっていいだろう。


 ただ面白い、興味深いだけなら他のドラマでもいいはず。何が他のドラマと違うのか。

 


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 80年代という昭和も終わろうかという時代。この頃の常識と今の常識に共通点などほとんどないだろう。ドラマにでてくる登場人物の格好を見れば一目瞭然だ。短絡的に考えれば共感できる要素はない。


 しかしその見た目が、今の若い世代からすれば珍しいのかもしれない。情報化社会で監視されているような感覚の中で育ってきた子どもたちには、好き勝手に振る舞う登場人物が新鮮に見えるのかも。


 平成最後の〇〇、のようにいえば大抵のことは許される感が、ここ最近は特にひどいように感じる!

 


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ヒットドラマの共通点


 ここ最近ヒットしたドラマは、どうもコメディが多いように感じる。例えば、


逃げるは恥だが役に立つ


おっさんずラブ


今日から俺は!」


そしてこれらのドラマの共通点はコメディという以外にもう一つある。


逃げるは恥だが役に立つ」→偽装結婚


おっさんずラブ」→同性愛


今日から俺は!」→不良


 といった、どれも表向き、社会的にはあまり良しとされない事がコンセプトとなっている。

 


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 社会的にあまり良しとされない事だけをピックアップしていたら、シリアスだなと思われるだけで終わってしまう。「中学聖日記」などがいい例だ。


 私が思う一番の問題点は、このストレス化社会において、職場や日々の生活ですでにシリアスな状況は嫌というほど体験しているのに、なぜドラマの中でさえシリアスにならないといけないのか。


 しかし、シリアスな要素に笑いが加われば、わりとすんなり受け入れられるものなのだ。


 みな、現実での生活に疲れている。そういった状況の中では、社会的に良しとされない事をして、笑いをとっている人たちを見ると、共感とまではいかなくても、少し羨ましいと感じるのではないか。それがヒットに繋がっていると思われる。


 次のクールでも「反社会的なコメディドラマ」がヒットすること間違いなし!多分!

洗濯は、世界平和への第一歩

 私は一人暮らしをしている。簡単なものだが料理もするし、掃除もする。しかし唯一面倒なものが洗濯だ。

 


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 洗濯物をいちいち分けて袋に入れるのも面倒だ。しかしそうしなければゴミがつく。色物は裏返して洗濯しなければならない。面倒だがそうしなければすぐ色が落ちる。洗い終わった後、干すのも面倒だ。水を吸って重くなっている。裏返しているのでそれを元通りにしてパンパンしてから干さなければならない。そうしないとアイロンをかける手間が一つ増える。そして乾いた後、畳むのも面倒だ。適当に集めて積み上げてしまう。そしてシワだらけになり結局はアイロンをかけなければならない。あぁ!気が狂いそうだ!!!


 適当に棚に積み上げているのを見ると気が滅入る。なんだこのごちゃごちゃした塊は…流石にこの辺で私も危機感を覚えた。なんとか見た目的にきれいにしなければならない、と。

 


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 短気な私はついスピードを求めすぎて適当な仕事をしがちだ。「巧遅は拙速にしかず」という言葉がある。「遅くきれいな仕事をするよりも、多少拙くてもいいから早くやれ」という意味だ。私の好きな言葉である。


 しかし世の中の全ての仕事にこの言葉を当てはめるのは、あまりにも乱暴な話だ。例えば医者がそんな仕事をしたら、あっという間に大炎上だ。どんな名言であっても、使う場所を間違えたら名言は迷言となる場合もある。


 そんなこんなで私はとりあえず、洗濯物をきれいにたたむことにした。するとどうだろう、こんなにも清々しい気持ちになれた。


 たとえ洗ったばかりの洗濯物でも、山積みにしていたらどことなく不潔に見える。きれいにたためば、それだけで清潔感が5割増になったようだ。


 忙しい世の中だ。少しでも効率よく行動するという心意気は正しい。しかし効率を求め過ぎたり、あらゆる仕事を同じ信念のもとにこなしているだけでは、何か大切なものを見失う。

 


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 洗濯物はちゃんとたたもう。たたむ機会のない人は、お母さんに感謝しよう。それだけで、世界は明るくなる。それこそが、世界平和への第一歩であると、私は信じている。

 

 


なんの話??

営業マンはなぜ一方的に喋り倒すのか。

 営業マンはなぜ喋り続けるのか。


 自宅にいると、新聞やら携帯やらの営業マンが訪ねてきたり、電話がかかってきたりする。

 


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 彼らに対して不思議に思うことがある。


 まず初めに彼らは「〜に興味はありますか?」といってくるので、こちらとしては「あ、営業だな」とすぐに理解ができる。


 その時点でこちらとしては断る準備ができているのだが、彼らはこちらが断りを入れる前に本題に入って、最後まで決まり文句を喋りきってしまう。まるでこちらに返答の隙を与えないかのごとく!


 あまりの剣幕に話を中断するのも気が引けてしまう。ようやく彼らが喋り終わった後、「いや、結構です」と言った時、顔に面倒くさそうな表情が浮かぶ時もある。いや、だって勝手にそっちが喋り倒しただけでは…と思うがしょうがない、彼らも人の子だ。

 


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 こちらに興味がないことが明白なら、返答の隙を与えてさっさと次に行ったほうがいいような気もするのだが、そうはしない。とりあえず決まり文句を全て伝える義務でもあるのだろうか。


 もしそうだとしたら、営業を人間がやる必要はないのではないか。決まり文句を録音しておいて自動的に電話を掛けて、最後はライブチケットを買う時の自動受付サービスのように、「この商品を買う時は0を、いらない時は1を押してください」などとした方が人件費もかからなくて良い。


 本当におすすめしたい商品ならともかく、浄水器や布団など明らかに売ってる本人も興味がないようなものを売る営業マン本人も大変だろうし、いちいち断りを入れるこちらも胸が痛む。


 お互いに関わらないほうが幸せな場合もあるものだ。

 


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びしょびしょの雑巾

 なんだかんだでブログは続けれられているけど、ここ最近はひねり出してもひねり出せていない状態が続いている。


 でもネタがないのではなくて、ネタを探しきれていないだけなのではないか、という考え方をしてみるのはどうだろう。

 


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 寝てる時間を除けば、17時間前後は起きていることになる。それだけの時間は何かしら行動しているわけだから、何も思うことや感じることがないって、それはそれでマズい傾向なのではないか!そう考えれば、ネタがないと思うことのほうが不自然に思えてくる。


 一日一日を大切に生きていない証拠だ。自分のやっていることの意味をわかっているなら、何かしらの感想は抱けるはず。

 


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 ぞうきんは水で湿っている。水分がないのではなく、絞り出す筋力がなくなっていると考えたほうが理に適っているだろう。


 我々は少しづつ確実に衰えている!


 さぁ、みんなもブログを書こう!

ゆとり世代

 30代前半の私は完全なる「ゆとり世代」である。この言葉は本来、悪い意味で使われる。

 


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 ちょっと怒られたらすぐ仕事辞める。


 仕事の連絡をLINEで済ませる。酷いときはスタンプで!


 「〜ッスね」など敬語でない敬語を使う。


 などなど。


 名誉にかけて言うが、私はこれらのどれにも当てはまらない!

 


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 あまりいい意味で使われることはないが、「ゆとり」は世の中に必要なもののはず。


 あまりにみんなキツキツに生きているように見える。


 夜遅くまで仕事したり、週末はぎっしり予定を入れてみたり、常に誰と一緒にいたり、私もここ数ヶ月は忙しくて疲れ果てていたが、今週はようやくゆっくりできている。


 すると、一人でのんびり考え事をしたり、特に急を要さない事にも挑戦したりできる。


 人は立ち止まって考え事をする時間が必要なはずなのに、考えることから逃げるかのように日々を忙しく過ごしている。

 


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 もちろん何かしてないと落ち着かない人もいるだろうが、そうでもないのにバタバタしている人もたくさんいるだろう。


 この考え方自体がゆとりだ!と思う人もいるかもしれない。


 しかし私はゆっくりして、休みの日は二度寝をすることに幸せを見いだせる。


 やっぱり私はゆとり世代代表だ!

適材適所

 適材適所という言葉は、建築から生まれた言葉らしい。この木はここに、あの木はここに…と、それぞれ役割にあった場所に合わせるという事。


 現在私は建築の勉強をしている。今は自分の好きな家を計画してみる、という勉強をしているのだが、はっきり言ってこれは苦手だ。

 


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 設計図を与えられて作るのは得意なのだが、ゼロから何かを生み出すのは、私のような想像力にかける人間には難しい。


 音楽も、コピーするのは得意だが、オリジナルを作るのは苦手なのだ。


 そんな自分に嫌気がさすこともあるが、選択肢の多い世の中になった。短所を無理矢理伸ばそうとしなくてもいい。


 苦手なことは放置して逃げてもいいし、得意なことを頑張ればいい。

 


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 それができない人が精神的に病んでしまったり、鬱になったりする。


 これからはそのマッチングをうまくしていくことが、幸せに繋がるはずだ。


 そういった仕事が全世界で求められている。