幸せに対価は必要か?
私、音楽が好きで色々聴くのですが、最近気づいたことがあります。
邦楽は辛気臭い
気がしますw
邦楽のヒット曲ってバラードが多いんですよね。
しかもとびきり重めで胸焼けがしそうな感じの。
角煮レベル
もちろんずっとそういった音楽を聴いてきたので好きなのですが、最近ちょっと気分転換に今流行っているというBTSとやらを聴いてみたのです。すると…
めっちゃハッピーやん
裏山w
とにかくノリノリで、とにかくハッピー。底抜けの明るさは邦楽にはあまり見られません。
それはいったいなぜなのか、考えてみたのです。
おそらく日本人は、悲しみや辛さを乗り越えてからでないと幸せになれない、そんなふうな考え方なのではないでしょうか。
それにくらべて特にアメリカとかは、
生きてるだけでハッピー!みんな楽しもうぜ!
みたいな、特に理由もないのに幸せを感じている気がします。
日本人は、幸せというものはとても神聖なもので、対価や根拠がなければならないと思っています。
鋼の錬金術師的にいうなら等価交換といったところでしょうか、何かを得るにはそれなりの対価を払わなければならないとかいう縛り。
もしくは日本人はドラマを感じたいのかもしれません。
つらいことを乗り越えてようやく手に入れたものって、すごくありがたみがわくじゃないですか。そういった青春やドラマ性を人生にもとめているのかも。
つまり日本人は、
根拠や理由のない幸せは信じることができない疑り深い人、
もしくは幸せにドラマ性を求めるロマンチスト、
が多いのではないでしょうか。
でもよくよく考えてみると、幸せに対価なんて必要ありますか?
楽しければ、嬉しければそれでいいじゃないですか。
どうも日本人は、幸せになるのを拒んでいる人が多い気がします。
自分はそんなにいい人間じゃない、大した人間じゃない、幸せになっていいような人間じゃない、そんな考え方を持っている人がいます。
シンプルに考えられないのはやっぱり、幸せに根拠や理由が欲しいんでしょうね。
何事にも理由を求める原因は唯一つ、自分に自信がないからです。
結論、日本人は自分に自信がない人が多い。