Story of my life

日常に転がる疑問を掘り下げるだけ掘り下げて放置

まるで死刑執行

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一回目のコロナワクチン接種に行って参りました。

 

 

人というのは不思議な生き物です。アナフィラキシーショックを引き起こすのは10万人に0.5人ほどの確率だというのに、もしそれが自分だったらどうしようという錯覚を引き起こします。

 

 

正直、ためらいがないと言えば嘘になります。少しだけ不安でした。

 

 

今日は朝から少しだけ落ち着かない気分でした。もしショックを起こして死んでしまったらどうしよう、そんなのは杞憂だとわかってはいますが、何事にも100%というのはありません、万が一ということがあります。

 

 

時間が近づくにつれ、徐々に心拍が上がっているのがわかります。嫌な緊張。

 

 

病院に到着し、問診票を書いている時はそれが遺書のように思えました。

 

 

ただ各項目にチェックを入れる…それが自分最後の書き残しになったらなんて考えると少し笑えますね。

 

 

ようやく時間になり私を含め5,6人ほどが待合室に通されました。

 

 

そして院長先生が直々に説明してくれます。

 

 

このワクチンを打つことによって予防、もしくはかかっても重症化を防げる、アレルギー反応を起こすのは10万人に0.5人程度、などなど。

 

 

皆一様にうなずきながら聞いていましたが、明らかにそこに流れる空気は戸惑いと不安。

 

 

我々は最後の審判を受けているのか、そんな錯覚に陥ります。

 

 

そして一人ずつ喉と鼻の中を見られ、ゴーサインがでます。

 

 

あぁ、不安だけどここでやっぱり打てないなんて言う勇気はありません。

 

 

かつてどこかの国で独裁者の独断と偏見で知識人が次々と抹殺されたことがありました。

 

 

目の前で次々と殺される人々。しかしなぜか誰一人として騒ぎ立てることはせず、静かに自分の番を待っていた、そんな暗黒の時代がありました。

 

 

なぜ殺されるとわかっているのに抵抗もできないのか、その理由が少しだけわかりました。

 

 

人は異端で有りたくない。それがたとえ地獄のような状況だろうと誰も騒いでいなければ何も行動できない、それが集団心理というものです。

 

 

そしてついに私の番。

 

 

異様に近い距離で看護師が私を安心させるような言葉を言ってきます。

 

 

何を言ったのかは覚えていません、ただとにかく距離が近かった、それだけしか覚えていません。

 

 

利き腕と反対側の肩のあたりに注射が打たれます。

 

 

もし何も予備知識を言われなかったらほとんど気づかないような鈍い痛み。

 

 

しかし様々な憶測と不安が、その鈍い痛みを必要以上に大きくしている気がしてなりません。

 

 

体調は良いのに体のどこかが重苦しい、そんな嫌な感覚。

 

 

私は処刑されたわけではない、それは間違いない、何も罪を犯していない。

 

 

コロナウイルスは言ってしまえば人類の罪とも言えます。

 

 

何かたどり着いてはいけない領域に踏み込んでしまった罪。

 

 

誰が悪いのかわからないということは、みんなが悪いということではないでしょうか。

 

 

この鈍い痛みを抱えたまま眠りにつくのが恐ろしい。

 

 

※義務ではないですが、ワクチンはちゃんと打ちましょうね!